きみとぼくのなかで

おなかいっぱい食べて少しのお酒を飲んで寝るという最高の休日を過ごしたせいで朝3時半に目覚めましたおはようございます。

そのまま二度寝しようかと思いつつも課題をやらねばならぬ~と起きて、夏のかけらのMVを見て10代カミングセンチュリーの尊さに涙を流すなどしていたらもう8時て~~~~!全員集合
男の子の10代ってなんでこんなに尊いんでしょうね。きっと一瞬しかないからだろうな…(答えすぐ出た)
しかしジャニーズは男の子たちの初めての出会い(フレッシュ10代)から様々な衝突・すれ違いを経た「今」を何十年にもわたって映像に記録していると考えると、BSのプラネットアースかよみたいな気持ちになる。
「運命と出発 剛と光一」とかありそう~~再放送して。

もっとロマンチックに表すと白泉社の少女漫画、萩尾望都作とかを考えてしまうけどアイドルに原作はないしすべて本人の生身の人生というところがすごい、すごいよ。しかも本人たち歌って踊ったりもしてるのすごくないですか?
そのままでもきらきらして輝いているのに、ひとりでも輝いているひとたちがグループに集められて、生きる上でまったく必要のない「歌」と「踊り」に命かけてさらに輝きパワーアップしているところ、すごくないですか!?
アイドルがアイドルに人生賭けて生きているからこんなに夢中になれるんだなって今気づいた。(たぶん)


ところで今日は光一と剛が出逢った日であるとかないとか!
わたしは記念日とか誕生日とか無頓着でして、ツイッターしていない限り覚えていなかったと思うんですけど、知ってしまったからにはおめでたさを共有しなければ~~!!
わたしは雪の降り始めから年末年始にかけてキンキキッズ尊い波が最高潮になってサーフィンかよという気持ちになるんですけど、それが行き過ぎると自分の中で尊すぎて逆にキツくなってくるので、最近はいろいろな好きなものに目を向けて尊いを分散する試みをしている。いい調子です。しかし今日は1年に1度の尊い日なので尊さを振り返ってみることにします。
引用文献:キンキに落ち始めたころのaskの回答(引くほど運命感じていた頃)
http://cyym158.hatenablog.com/entry/2014/03/01/212807cyym158.hatenablog.com

同じ関西出身で、1979生まれで、誕生日は100日違い、そして同じ名字。
運命が引き寄せたふたり。出会うべくして出会ったふたり。
そう感じている人も多いと思います。
ですがこのふたりは「混ぜたら危険」なふたりでもあったのではないでしょうか。
考え方も性格も生き方もすべて正反対なふたり。ほんの偶然で同じ時期に社長に呼ばれて、偶然出会って、偶然話した。そんなふたり。
創り上げる世界は全く違って、ひとりでも充分やっていける。
だけどそんなふたりを、あえてふたりだけの世界に閉じ込めたのです。
そして閉じ込めた結果、ふたりは偶然と偶然を運命に変えたのです。

朝だよ!今、朝だよ!
Good Morning!!!
わたしは今恥を忍んで文献検討をしている(自分の)。
キンキを前にすると誰でもポエマー、誰でも世界のオザワ。

さて次。

2人組はお互いを守ろうとすると、必然的に背中合わせになります。
1番近くにいるのに、お互い正反対の方向を見てしまうのです。
同じ方向を見たい、でもそうしたらお互いの背中がガラ空きになってしまう。
そんな矛盾と何年も戦ってきたふたりだから、今のような世界を作り上げているのかもしれません。

なるほど。

KinKi Kidsは美の5乗アイドルです


なるほど。5はどこから出てきたんだ

ふたりのLOVEとLIFEが詰まったLアルバム。
10代のころから芸能活動をしていたふたりが、34歳で歌う人生と愛。
深くて重たくて、でも光が差している。そんなアルバムでした。

CD屋さんかな?
でも「34歳で歌う人生と愛」って好きだよそのフレーズ。(開き直り)

こんな感じで心の底から恥ずかしい部分は抜かしましたけど、むしろこれより恥ずかしい部分があるということに驚いてますけど、一番の驚きはこの運命論をいまだに持ち続けているところですよね~~~~~~~ロマンチストわたし。
最近は恥ずかしさの方が勝ってしまって言葉にすることはなくなってますけど、運命で尊いふたりと社長のがんばりに拍手している。いつも。
ふたりがふたりであることを強いてしまっているのはオタクのせいかもしれないし、オタクの影響なんてまったく関係ないのかもしれないし、そんなの全然わからないけどそこに思いを馳せるのはたのしい。
「ふたりがふたりであること」と「ふたりがふたりぼっち」であることは必ずしもイコールではないし、「ふたりがふたりであること」と「ひとりの世界」「(ふたり以外の)いろんな世界」は同時に成り立つものだし、二人組だからといって必ずしもふたりぼっちになってしまうことはないと思うんだけど、キンキキッズの場合には「二人組でふたりぼっちの世界」が出来ていたという事実。胸が熱い。胸が熱いし、この世の業という感じがして、やっぱり胸が熱い。
わたしがひねくれている性格なのもあるけれど、ひたすらハッピーでたまに少し辛いことがあるけど乗り越えつつ全体的にピンクでオレンジな物語には興味がない。圧倒的な闇があって、だけどそれを乗り越えたり受け入れてしまったり、黒の上にいろんな色を塗り重ねている物語にお金を払いたいし、ずっと見ていたいと思う。わたしが飽きずにこんなに長い間(飽きっぽいわたしにとって2年ってとてつもなく長い)夢中になれるのはこういう理由(だと思う)。

初期のころのコンサート映像を見ると、
上品で気高くて、美しくて、ギラギラしている。
触ったら世界が壊れてしまいそう、でも逆に触った側が怪我をしそうな、尖ってて鋭くて、でも目を奪われる。そんな世界が広がっていました。
こうやって見るものを虜にしてきたのだなあと知ることができます。
2013年の15周年コンサートを見ると、根本的なものは変わっていないけれど、
昔のように触れたら怪我をするような、頑なにふたりの世界を守っている様子はなく
すべて受け入れる覚悟ができているような、そんな雰囲気でした。
ですが、確実にだれもふたりの中に入ることはできない世界。

あとこういう世界観が好き。
おとぎ話の世界みたいな言葉で説明できる世界観がロマンチックでだいすきなんですね~~~~。少女漫画大好きだから。
これを書いたのは2年前だから15コンで止まってますけど、Lコンもすんばらしかった。
さらに世界が進化していた。毎年ふたりがふたりの世界を塗り替えていっている。
それを意図しているのか、それともふたりがふたりでステージに立つと世界が成り立つのか、どちらにしろ圧倒される。




ちょっと今読み返してみたんですけど、振り返り冒頭「朝だよ!」って恥じらいを持っているのに、書いてから1時間も経つとなんのためらいもなくポエム書けるんですね人は。すごいですね。止まらぬポエム。
止まらぬポエムを止めるために好きなMC載せて終わりにしますね。




AnniversaryコンサートDVD(初回)より
1回目のMCでケーキと色紙をもらった光一さん。
(2回目のMCでもわざわざ色紙の話題を持ってきました)(嬉しくなっちゃったのかな?)
しかし照れ屋さんのため「ありがとう」の言葉が棒読みである。
つ「全然気持ちこもってへんわ~~」
こ「ちゃうやん!ものやないねん。あの絵はどうでもええわ。あの絵を描くために割いたその時間、それがうれしい」
~ここらへんから光一さんの顔と言動が崩れていきます~
こ「なにを描こうかなとかな、なんのメッセージを残そうかなとかな、そういうことを考えてくれたその脳みそがうれしい」(※2回繰り返し)
つ「脳みそってなんやねん気持ちでええがな」
こ「あ、そや、きもちって言葉思い浮かばへんかった」
つ「さっき言うたがな」

泣きそう。